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【平成を忘れない】平成を彩ったガジェットやゲーム機や制作秘話

どうもasです。

 

最近私も歳を重ねてきて、若い人たちと話していると、よく『え?あれ知らないの?』なんて会話が増えてきた気がします。

 

そんな時、決まってニヤニヤしながら『え~知らないんだ~!』と言っているんですが、あれ、若い人たちからしたら『だから何?』『え?うざい』って感じですよね(^-^;

 

気を付けよーっと。

 

そんなわけで、本日は平成初期を彩った懐かしのガジェットやゲーム機等を紹介していきます。

 

それではいってみましょう~。

 

 

平成を彩ったガジェットやゲーム機

懐かしのアイテムを紹介していきます。

 

おそらく今の若い人は名前くらいは聞いたことのある有名なものを紹介しますが、『実物は見たことないよ』とか『見た事はあるけど、実際に使ったことはないよ』という方も多いんじゃないでしょうか?

 

ゲームボーイ(1989年)

 

国内で1242万台を販売した任天堂が発売された携帯ゲーム機。

 

発売から約2か月後にはあの不屈の名作『テトリス』を発売して、こちらも432万本を販売する大ヒット作品となった。

 

テトリス発売の裏話

テトリスは当時、ゲーム業界を席捲したファミリコンピュータに対抗すべくSEGAから発売されたメガドライブに移植される計画があった。

 

しかし、任天堂は当時冷戦中のソ連へ直接足を運び、特許を取得しSEGAは計画の中止を余儀なくされました。

 

任天堂は今も昔もこういった特許などの法務系は強いんですよね(^^;

 

プレイステーション(1994年)

 

かつて任天堂の周辺機器として発売されるはずだったプレイステーション。

 

突然の任天堂の裏切りにより、世間の日の目を浴びることなく消えていくかと思われていたが、周辺機器としてではなく本体としてSONYより発売。

 

最初は爆発的ヒットには至らなかったが、徐々に力をつけていきあの人気シリーズ『ファイナルファンタジー』から『ファイナルファンタジー7』が発売されたことが起爆剤となり、平成を代表するゲーム機と成長していく。

 

ファイナルファンタジー7発売の裏話

当時、ファイナルファンタジーの制作を手掛けていたスクエアは、元々ファイナルシリーズを任天堂のゲーム機からリリースしていた。

 

しかし、次々と次世代ゲーム機が発売され光ディスクが主流となっていたゲーム業界で、頑なにカセットソフトでのゲーム機の開発をやめない任天堂に嫌気がさし(カセットソフトの開発は光ディスクよりコストが高い為)、待遇の良いSONYへとソフトの提供先を変更したと言う説があります。

 

ゲーム機関連の話や任天堂プレイステーションの話は【任天堂プレイステーション】幻のゲーム機が発売されなかった歴史の背景でも紹介していますので是非ご覧ください。

 

ミニディスク(MD)(1992年)

意外と知られていませんが、このMDはソニーが開発していたんです。

 

当時、音声記録媒体はカセットテープが主流だった時代に突如現れた革新的な光ディスク。

 

カセットテープよりも取り扱いがしやすくコンパクトで音質の劣化もカセットテープよりもしないというメリットが市場に受け入れられ、徐々に市場をシェアした。

 

マイベストを作って、再生機の液晶画面に任意の文字を表示する機能により、曲のタイトルやアーティスト名を入れる事ができました。

 

私も当時、自分の好きな曲だけを集めたマイベストを作って、長い時間をかけて曲名やアーティスト名を入力していました。

 

また、MDは持ち運びがしやすいため、携帯音楽再生機の『MDウォークマン』が流行し、CDウォークマンやカセットテーププレイヤーを使っていると恥ずかしい思いをしたのを思い出します。

 

 

こちらは本家ソニーのウォークマン。

当時、小学生だった私は姉がこれを使っているのを、あこがれのまなざしで見ていました(^-^)

 

iPod(2001年)

 

当時、数十MBのストレージが主流だった音楽プレーヤーが主流だった業界に、突如黒船のごとく5GBストレージを搭載した音楽プレーヤーの発売は衝撃的でした。

 

また、アップル社らしい洗練されたデザイン性の高さに当時の若者はiPodを持っていることが一つのステータスとなっていました。

 

それにしてもIPodはまだまだ最近出たガジェットというイメージがありましたが、初代iPodが発売されてからもう19年も経つんですね。驚きです(^^;

 

iPod開発の裏話

iPodの最大音量は当時の大半のMP3プレーヤーよりも大きい。

 

これはアップルのCEOスティーブ・ジョブズ氏の耳が少し遠かったからだという。

 

当時の開発担当は後に『ジョブズCEOに聴き取れるよう音量が上げられた』と語っている。

 

また、アップル社の製品といえばシンプルなデザインが多いが、好きな曲を聴くのに3回以上ボタン操作をしなくてはいけないことにスティーブ・ジョブズ氏は気分を害していて、それを解決するためにiPodもまた最低限のボタン操作で好きな曲までたどり着けるようにシンプルなデザインが採用されたようです。

 

たまごっち(1996年)

バンダイより発売され女子高生を中心に一時社会現象にまでなった携帯ゲーム機。

 

ゲームの内容はプレイヤーの育成の仕方により、液晶内のたまごっちが様々な進化をする『ペット育成系ゲーム』というシンプルなゲーム性。

 

あまりの人気に、販売店の多くは抽選により販売をしており、50個のたまごっちに対して4000枚以上の整理券が配られた店もあるという。

 

当時小学生だった私も当然なかなか手に入れる事ができなかったですが、幸いにも百貨店を経営する社長の息子と同級生だった為、その友達から譲り受けることができました。

 

まともに抽選をしていた皆様申し訳ございません(^^;

 

 

以上、平成を彩るガジェットやゲーム機でした。

 

私自身も当時の記憶を辿りながら調べているうちに少しノスタルジックな気分になりました。

 

それでは今日はこの辺で。
 
 
 
 
 

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